「石塚さん、この資料もまとめておいてくださいねー♪」
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「ちっ、まったく、このDX時代にほこりをかぶった資料ばかり・・・めんどくせーな。」
石塚はそう独り言をつぶやき、ひとつひとつ丁寧に資料をまとめていった。
ここは東京テレビの社史編集室。編集室とは聞こえがいいが、いわゆる窓際族といわれる人が配属される場所のひとつだ。
石塚はそんな部署にいるのだが、3年前までは局でもかなり注目のディレクターの一人だった。彼の担当している番組で事故がおこってしまい、その責任をとる形で今この部署に配属されている。石塚はその時の事故で大火傷もおっている。まー、局としては扱いづらいポジションなのかも知れない。
「ADやってた時はダチョウの卵をレンジであっためてアパートで爆発したり、死んだふりをしたら熊におそわれないのか試されたり、いろいろやってたのに、すっかりコンプラがうるさい時代になったなぁ・・・」
いつかはドキュメンタリーを撮りたいという夢があったから、バラエティのディレクター時代から毎年部署異動をお願いしているのだが、ここに来てすでに三年目を迎えた。
「そろそろ潮時かな・・・」
そうつぶやきながらスマホを開いて、アプリを立ち上げると、その画面の向こう側では楽しい会話が埋め尽くされていた。
『シニゾコさん面白いっす』
『ヤバい、面白すぎて腹痛いからやめてシニゾコさん!』
『ゾコさん、最高!』
なんの気はなしに始めたデジタルコミュニティでのつぶやき。なぜか、そのコミュニティでは自分の存在がハマったらしく、あれやこれやと盛り上げてくれている。
石塚はコミュニティでは「シニゾコ」という名前を使っている。大火傷をおって死に損なったこと、そして窓際に追いやられてすでにディレクターとしては死に体の自分を卑下してつけた名前だ。なぜか受けているようで、時々暇つぶしに書き込んだりしていた。
「おっ、ユノートルさん。ふーん、風の谷のイベントか・・・」
ドキュメンタリーに興味があってか、風の谷を本気で作ろうといっているユノートルという人物に若干興味を持っていて、たまにコミュニケーションをとっている。どうやら昔一度人生を諦めかけたことがあるらしく、今の自分に重ね合わせたりして、このコミュニティ内で少し気になっている存在だ。
「ノマさんにも送ったんだけど、シニゾコさんにもちょっと相談があって・・・」
ある日ユノートルさんから届いたDMをひらいたら、そんな言葉で始まっていた。
「もう終わってる俺にできることなんかなんにもないけどな・・・」
石塚はそんな風に自嘲しながら、何か面白い返しでもしてやろうと、暇つぶしついでにその続きを読みはじめた。