3人ともすんなりとこの物語の登場人物として受け入れていた。
ここはまるでゲームの世界のようなもので、3人ともそれぞれの特殊能力をもって、風の谷から持ち去られた「トークン」をユノートルのお父さんから奪い返すということらしい。
「きっとこれは、僕が勝手に想像している夢の世界なんだろう・・・」
そうノマは割り切ってこの物語を楽しみ始めていた。もともとゲーム好きだった彼は、いつもこんな物語を待っていたような気持ちもあったのだろう・・・まるでこの物語の主役になったかのような気持ちで、これから始まる物語に心を躍らせていた。
エムさんは、誰かを守ってあげたいという思いの強さから、どうやら防御魔法のようなものが使えて、さらに彼女の残像が見えるくらいすごいスピードで動けるらしい。
・・・らしいのだが、なかなかのポンコツ具合らしくユノートルさんがマンツーマンで修行をしている。笑
そしてシニゾコさんは・・・分かってはいたことだが戦士らしい。特に何か特別な能力というよりもただただその馬鹿力と身体能力でこの世界に挑んでいくらしい。
「ちっ・・・なんだよこの設定は。夢なら夢らしくもう少し特別なキャラクターにしろよ・・・」
シニゾコさんも夢ということで受け入れてブツクサ言いながらも楽しんでいるようだ。いや、これは僕の夢の中の話だったんだっけ?よく分からなくなってきた。笑
そして僕はどうやら魔法使いという設定らしい。かなりの攻撃魔法を使えるらしく、ユノートルさんからも「父やカカグと渡り合うにはノマさんの力が頼りなんです」と伝えられている。
「まー、僕の妄想らしいから主役っぽい設定もありっちゃありだよね。笑」
そうつぶやきながらノマは攻撃魔法の準備を始めた。ユノートルさんからは好きな音楽を奏でるようにすればいいんだよと伝えられてるのだが、全く要領がつかめず一向に魔法が使える気配がない。ただ、風の一族から魔法を使える若者がいるらしく、もうすぐ来るから彼から教わってほしいとユノートルさんから聞いている。
「こ、こんにちは、ノ、ノマさんですか?」
振り返ったノマはその若者の姿を見て、唖然としてつぶやいた。
「と、冬弥・・・なぜ、お前がここに・・・」
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「春馬、ちょっと待ってよ!速いよ!」
まだ慣れないバイクの運転に手こずりながら、冬弥と春馬は夏の夕暮れの海岸沿いを二人でツーリングをしていた。
「ゴメン、ゴメン、風が心地よくてさ・・・」
半年ほど前に取ったバイクの免許。春馬は大好きな音楽と同じくらい、風を切るバイクの運転にハマり始めていた。
春馬と冬弥は、高校の同級生で同じバンドメンバー。春馬がギターで冬弥はボーカルだ。地元ではかなり有名なバンドになっていて、文化祭では他校からも多くのファンが聴きにくるなど、二人はなかなかの人気者なようだ。
高校を卒業してバンドは解散したが、二人は音楽の道を歩んでいこうとアルバイトをしながらオーディションを受けたりしていた。すでにいくつかのプロダクションからも話があったりして、二人の音楽の道もこれから輝き始めようとしていた。
「なぁ、冬弥・・・俺たち本当にデビュー出来るのかな?」
二人はバイクを停め、海をみながら話し始めた。
「まーな、でも、デビュー出来てもできなくても、こんな風に二人で夢に向かえてる時間は、俺にとってはかけがえのない時間だよ。」
冬弥は少し大人びた考えをしていて、声もとても魅力的だ。春馬は自分のギターや歌の腕には自信があったが、冬弥の不思議な魅力のようなものは自分には感じなかったので、ちょっとした不安のようなものもあった。
「春馬と一緒に夢をみられるのなら、俺はそれだけで十分だ。」
春馬の不安を感じているのは分からないが、いつも冬弥はそう言ってくれる。
「そうだよな・・・今はこの時間を、この風を、ただ感じるままに生きていこう・・・」
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ツーリングの帰り道、冬弥はバイク事故で帰らぬ人になってしまった。
春馬の夢とともに、はかなくも短く大切な時間は終わりを迎えた。
ノマは目の前に現れた冬弥そっくりの若者の姿に唖然としながら立ちすくんでいた。
「ど、どうして僕の名前を? は、はじめましてノマさん。風のトーヤといいます。」
全くうまくできた夢だなぁ・・・そんな風に思いつつ、これから先にどんな物語が待っているんだろう・・・と夢の続きに不安を感じつつも、今はただただこの時間に身をゆだねてみようと思っていた。